努力を重ねた職人だけが醸せる「品」。
まだまだ、先は長いよ。

もちろん、目先の楽しさだけではなく、今朝雄さんが見据えているのは
桶という伝統産品の現在であり、産地としての木曽の行く末だ。
桶作りの現在を伝える活動をしながら、問屋を含めた木曽の木材産業全般に目を配る。
さらに最近は、新しい桶の発注に加え、全国から古い桶の修理依頼が工房にやってくる。
この日、軒先に立てかけてあった大きくて平たい古桶は、
能登の海女たちが漁で使っていた磯桶だという。
「新しいものを作るだけじゃなくて、こういう古いのを直して
また使ってもらうのが、いいよね。
ちゃんとした職人が丁寧に作ったものは、ちゃんと修復できる。
古い桶を修復することで、自分の技術が上がるんだよ。
それで、そこからいろんなことを教えてもらう。
若い頃から、そうやって勉強してきたんだよなぁ」

創業時の父・数馬さんには、仕事がなく苦労した時期も。
でもお袋は、親父に桶以外の仕事をさせなかった。たいした人だったね」と今朝雄さん。

ひとつ、記憶に残る、若き日の体験がある。
今朝雄さんが40 代に差し掛かろうかという時期に、工房に隣接する店舗に、
ヴィンテージのベンツに乗ったひとりの老人が現れた。
「店の中を10 分か15 分見て、帰り際に『この桶は誰が作ったか』と
訊いたんだ。その人が指差したのは、売らないで残しておいた親父の桶。
でこう言ったんだね。『お前、差がわかるか』と。
お前の桶は確かに繊細できれいだ。でも、親父さんの桶には品がある。
お前に唯一不足してるのは、品なんだよと」
老人が京都の陶芸の大家であるらしいことを、今朝雄さんはのちに人づてに聞いたが、
その人の発した言葉の意味を、いまだに反芻している。

桶の木口(上端部分)に硬いケヤキの棒をこすりつける「木殺し(きごろし)」。
木と木の摩擦により、水分や汚れをはじく効果が生まれる。

「わからないねぇ。品って、どうやったら出せるのか。
確かに、昔の名工の作ったものは、ぜんぜん違うんだ。
格が違う。名工って呼ばれても、俺のは、迷うほうの『迷工』。
ただ、唯一わかってきたのは、品っていうのは、
がむしゃらに働いているときには出ないらしいんだよ。
それは、働いて働いて、努力しまくって頂点まで行って、
その落ちる間際に、どうやら出るらしいんだと。
頂点まで行き着かないで落ち始めたら、たぶん出ないんだろうね。
だから、こう見えても、努力はしているつもりなんだけど」

桶を引き締め、印象づける竹箍。桶数では、材料作りから一貫して工房で行っている。
竹を割り、細く割き、皮を剥いて4本から6本取りで編み上げ、桶を締める。
その作業の精緻ぶりは「桶屋の範疇じゃないな、と言われたことがあります」と匠さん。

だから、今朝雄さんは朝早くから夜遅くまで工房にいて、
今日も新しい桶、古い桶と向き合う。
人から学び、桶から学ぶ。手間は惜しまず、正直に。
ウエイティングリストの桁は増えるばかりで、
中には数年越しの待ち客もいるが、より「困ってる人」が優先だという。
「特殊な桶や修理を頼むと、よそでは断られるらしいんだよね。
それで皆、ここへ持ってくる。『お前ならできる』『何とかやってくれ』と。
まあ、それで多少なりとも人の役に立てればね。
親父は明治、お袋は大正の生まれ。古い人間に育てられたで、考え方も古いんだよ」

出来上がった桶は、脚の部分に専用の短刀で刳(く)りを入れて完成。
「これで失敗したら、と思うと、何度やっても緊張します」と匠さん。

傍らには、地元で工芸やデザインを学び、
京都にほど近い滋賀の桶工房で修業した長男の匠さん。
お櫃やワインクーラーなど、おもに小物の生活道具を手がけながら、
父の手元と背中を見つめている。
「江戸職と京職の両方を経験しているのは、僕だけみたいです。
でも、自分の特色を出すというより、基本は、頼まれたら何でもやる。
それって、やっぱり大事じゃないですか?
昔は、桶は日常にあるものだったけど、今は贈答品になることも多い。
少しでもいいものを作れるように、欲張りになって、
小さなものから大きなもの、見たこともないものまで、
いろいろとかじっていこうと思っています」

焼印を入れて完成。匠さんが加わり、現在は週に 20 ほどの桶を生産。
特注品、修理なども手がけるが、相変わらず「待ち」の注文は多い。

息子には「なーんにも教えとらん」と、師匠は言う。
「急所については1回言うだけで、あとは自分で、頭でなくて手で覚えろと。
まあ、仕事は教えられて覚えるもんじゃない、見て盗めってね。
まだやっと入門したところだし、いちばん大事なのは努力。
器用じゃなく不器用な人でも、
3倍、4倍の時間をかければ、一丁前になれるってことでさ。
でも、伝えなきゃいけないのは、やっぱり品だろうね。
桶がちゃんと作れるかどうかは技術だけど
ものに品を出せるかどうかは、一生かかってできるかどうか。
何せ、俺だってまだぜんぜん到達してないんで」

なかなか先は見えんよ、と苦笑い。
名工の迷いは、まだまだ晴れない。

令和元年 10 月 撮影・取材

桶数

長野県木曽郡上松町/桶製造
木曽天然木を使用した各種桶を製造、販売。 オーダーメイドや修理、また、製材、木曽ヒノキの集成材の製造、販売も行っている。
東屋では「わたなべお櫃」「わたなべワインクーラー」などを製作。

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