木を削るのは、労働じゃない。
触れているだけで気持ちが安らぐ。

時代が進むと、吉也さんの発明はさらなる発展を見せる。
昭和50 年代から、箸作りの装置は、海を渡ることになったのだ。
カナダ。中国。インドネシア。台湾。韓国。遠くは、南アフリカまで。
どの国にも、どの土地にも、使い途に困る木材があった。
それらを有効活用する方法として、
吉也さんのノウハウが求められたのである。

技術指導先の中国・ハルビンでの一枚。
中国に通った頃は、すでに還暦を回っていた。
『もう隠居する年なのに、なぜ働くのか』と聞かれてね。
日本では仕事の盛りだよと言ったら、驚いていました」

「カナダで使ったのは、自生していたアスペン。白楊(ドロヤナギ)です。
アスペンは、50 年経つと、芯から腐ってしまうんですね。
だから、枯れる前に切った木を箸にした。
南アフリカでは、かつて植民地にしていたオランダ軍が植えていったマツを、
シベリアではシラカバを使って箸を作りました」
海外へ機械を持ち込み、技術指導を始めたのは、吉也さんが齢50 を過ぎた頃。
以降、20 年近くにわたり、100 台以上の機械を海外へ送り出しつつ
月に2、3回は技術指導のため、外国を歴訪する日々を送った。

「全部で14 カ国くらいでしょうかね。
カナダと台湾の工場は、だいたい、400 人から600 人くらいの人が働いていた。
大きくて、よくできたと思います。
楽しかったのは、南アフリカですね。何もかも、珍しかった」

手削りに使う、自作の装置。中央の溝が、箸の型になる部分。
五角形、八角形など、作る箸の形状によって溝を取り替えて使う。

日本の割り箸が、世界の森林破壊につながっている。
そんな、いわれのない批判にさらされた時期もあった。
日本の、そして世界の現場を体感していた身として、
吉也さんは事実をもって、毅然と反論した。
「箸は、たしかに木で作ります。
でも、輸入材で割り箸になるのは、全輸入量の1 パーセント以下。
材料になるのは、その場所で自生する、使い途のない木材です。
どこでも土地にあるものを生かして、ものづくりをするでしょう?」

平成 19 年に「信州の名工」に選出された吉也さん。
その腕で、伊勢神宮や宮内庁からの依頼も受けている。

海外との行き来に区切りをつけ、木曽に腰を落ち着ける頃には、
時代も世情も移り変わっていた。
箸製造所はひとつ、またひとつと姿を消し、やがて木下商店一軒のみに。
それでも、高級箸には次々と依頼が集まり、
工場はいまも、ほぼ休みなく稼働している。

「日曜でもなんでも、ここへ来て仕事をしとります。
年も年だし、休め休めと言われますが、
やっぱりここへ来て箸を作っているほうが、気持ちが休まりますね。
長年、ずーっと木でやってきているもんだから、
木を削るのは、労働という気がしない。
私は趣味が何もないもので、何が好きかと言われれば、
機械を考えたり、作ったりすることくらい。
夜中に寝ていても、『あ、あそこはこうすればいい』と
思いついたら、すぐにここへ来てやります。
ふっと浮かんだときにやらないと、だめなんです」

手削りの技は、健吾さんにも受け継がれつつある。
「やっぱり、心が落ち着いていないとできないですね。
手で削る日は、『今日はこれをやる』と決めて取りかかります」

現在、工場でともに箸作りをしている木下健吾さんは、吉也さんの兄の孫。
幼い頃から、多忙な吉也さんの背中を見て育った。
「忙しく出たり入ったりしていたので、
最初は、何をしとる人かも知りませんでした。
私も、工作は小さい頃から好きだったし、
学校から帰ってくると『手伝えよ』なんて言われて。
そうして自然に、この道に入り込んだ感じですね」
木の見方。買い方。扱い方。老練な師匠の仕事を、日々、見つめて学ぶ。

箸に帯封をするための作業台も、もちろん吉也さんの手作り。
かつては内職用に量産し、地元の家庭に配ったこともあったという。

機械作りの高級箸に加え、箸本来のぬくもりを感じさせる
手削りの箸にも、近年、徐々に注文が集まり始めた。
「いろんな箸を頼まれますけど、商売というよりは、記念の品のようなもの。
自分の家の庭に生えとった木を切ったから、それを箸にして残したいとか、
お宮さんのご神木やお寺さんの古いイチョウの木を切ったから、
それを箸にして、氏子さんや檀家さんに配りたいとか」

頼まれるのは、唯一無二の箸。
削って、削って、70 年以上の歳月が流れ、
その指からは、指紋がほぼ消え失せた。
それでも、削る。
削って、木目を見て、また削る。
「世の中の役に立っている? 
そういう意識は、あんまり、ないねぇ。
ただ、自分が好きだから。
じっとしとるよりも、削ったり何だりしておれば、
それで満足、というのですかね」
心の「目」を映して、箸は生まれる。

令和元年10 月 撮影・取材

木下商店製箸所

長野県木曽郡上松町/箸製造
機械製の高級割り箸から手削りの箸まで、 地元・木曽産を中心とした国産木材を使用 して製造。受注生産も請け負っている。上 の写真は、ヤマザクラを素材にした東屋の「菜箸」。

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