手の届く範囲で、できる限りのものを。
自分のやりたいことなら、自分でわかるはず。

工房で働くのは、坂見さんと、もう二人。
坂見克之(かつゆき)さんは、東京で生まれ育った、坂見家の次男である。
この日は、型から外れたばかりの盆を、一心に磨いていた。
「作業をしているときは、お客さんが『こういうものがほしい』と言った、
その通りになることだけを考えてます。
絞りは、好きです。面白い。
この仕事、1から 10 まで自分でやるから、とにかく覚えるしかない。
親父は、聞いたらけっこう教えてくれるタイプだから、聞いて学びます。
今は、ぜんぜん追いつけてない。1個1個、作りながら、習っていくだけ」

工房の角で、真っ赤に焼いた真鍮の角材を叩いていた吉田満利子さんは、
美術大学に教えに出向いている坂見さんの、元生徒。
彫金を専門に学び、工房でもその分野を中心に担っている。
「絞りは、なかなか個人ではできないですね。
大学では一応、実習があって、灰皿みたいなものは作らせてもらったんだけど。
はじめて地金を溶かしたとき、『うわぁ』と思ったんですよ。
自分で延ばして、平面から立体になったり、線になったり。
好きなかたちが作れるのって、やっぱり面白い」

長押や衣桁などに掛けるフック「鉤」の製作中。
バーナーで焼いた真鍮を曲げ、角を作る。わずかな隙間は銀蝋で接合するなど、慎重な作業が続く。

「若い人がこの先どういう方向にいくのかなっていうのは、やっぱり、思うよね」と坂見さん。
伝統工芸とプロダクト。その線引きは、今や曖昧になっている。
「ひと昔前の工芸は、全部、生活用品だったんだ
茶道具は、今は完全に趣味の世界のもの。美意識の高い世界だし、高価だし。
でも、それだってもともとは、生活のなかにあった一般的なものを、
茶の世界に持ち込んだだけでしょ。
境界線は、両側から崩れていっている気がする。
作家もの? ありゃあ、だめだね。
作家ものですって言うのって、価値を上げるため、みたいなことがあるじゃない。
でも、そんなことで価値を上げたって、しょうがないじゃん」

 

では、大切なのは? と問うと、はっきりと言った。
求めている人が「これがいいね」と言ってくれること、だと。
「何か判断の基準がほしいっていうのは、確かにあるよね。
作っている方も、『本当にこれでいいのか?』と思うときは、必ずあるし。
そういうとき、『これがいいんですよ』と言ってもらえるのが、
やっぱり、いちばん確かじゃない?
それが金額と比例するかっていうと、そうじゃないとは思うけど」

 

さまざまな日用品の仕事と向き合うことで、毎日手を動かせる。
商売も成り立つし、若手の修業にも、技の継承にもなる。
「そのことに意味がある。だから 10 年、東屋さんとじっくりやってきた」

「お盆」の磨きの作業。モーターを使ったのち、さらに手による磨きがかけられる。
克之さんの手元を見守る英一さんの目は、やはり師匠のまなざしに。

手で作る「もの」。マシンメイドの「もの」。
優劣は、必ずしも、そのことでは決まらない。
「たとえば、何かのものがあって『これを 100 個作りたい』って言われたとする。
そのもとになるものは、手で作る。
だけど、100 個手で叩くのは大変だから、型で作ろうってことになるじゃない。
生産性を上げるためには、そういうことが必要だから」
それでも、この工房での主役は、相変わらず「手」だ。
自分の手の届く範囲で、できるものを、できる限り。
「俺はそれがいちばんいいんだよね。
人をたくさん入れて、たくさん作るよりも。
もし、違うことをやりたいなら、それをやればいいだけのこと。
伝統工芸の、代々の人たちだって、皆、そう思ってたと思うよ。
自分のやりたいことは、自分でわかるでしょ」

 

やりたいことは、わかっている。
だから、やりたくないことを、坂見さんはやらない。
そのひとつが、自分の銘を打たないこと。
「『名前を入れて』って言われることもあるんだけど、だめだって言ってる。
そんなことすると、価値が下がるよって。
だいたい、そんな大層なものは作ってないし。何を求めるのさ? そこに」
でも、こうも言うのだ。
「そんなもの、残さなくったって、ものを見たらわかるよ。
『これ、あいつが作ったんだな』って。
昔のものだって、全部そう。それでいいんだよ。金工は」


平成28年1月 撮影・取材

坂見工芸

東京都荒川区/金属加工一般
東屋では「鉤」「お盆」「BANK TRAY」「TANKERII」などの金属製品を製作。
「あれこれ面倒なことを言ってこられるんで、困ってるよ」と坂見さん。 写真左は、彫金を担当する吉田満利子さん。


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